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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)10号 判決

原告 株式会社折込広告社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十七年抗告審判第四〇号事件につき昭和三十一年二月十七日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和二十六年六月六日商標の登録出願をしたところ、昭和二十六年十二月十八日に拒絶査定を受けたので、昭和二十七年一月十一日に抗告審判の請求をし、同事件は特許庁昭和二十七年抗告審判第四〇号事件として審理された上、昭和三十一年二月十七日に右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がなされ、右審決書謄本は同月二十三日に原告に送達された。

二、本願商標は原告の商号なる「株式会社折込広告社」の「株式」の文字と「会社」の文字を二行に並べて縦書し、その下部に「折込広告社」の五字を一連に縦書し、その上部に円形輪廓内に「北」の文字を書いて成るものであつて、第六十九類電気敷物、ラジオ等の広告用電気通信機、ネオン等の広告用電灯、灯蓋、灯笠を指定商品としている。

三、審決はその理由として本願商標中円形輪廓内に「北」の漢字を表わした部分はありふれた氏姓を単なる円形輪廓で囲んだ印鑑に相当するものであり、かつこの部分は商標の要部をなすものと認められる恐れがあり、又これを分離しては自他商品甄別の標識なる特別顕著性の要件を具備しないものであるとし、この部分につき権利を要求しない旨の申出がないから商標法第二条第二項によりその登録は拒絶すべきものであるとしている。

四、然しながら本願商標中の原告の商号は大正十二年以来盛んに使用され、これに影のようにつき添つて、円形輪廓内に「北」の文字を描いたものを併用したことがあるけれども、世人は俗にこれを「折込広告社」と称し、需要者及び取引者間に広く認識されているから、仮に審決のように円形輪廓内に「北」の文字を描いた部分が商標法第一条第二項所定の特別顕著性の要件を具備しないとしても、この部分が分離して取り扱われること又はその恐れは絶無であるから、この部分について権利を要求しない旨の申出がなくても本件商標登録出願は商標法第二条第二項によつてその登録を拒絶されるべきものでない。尚円形輪廓で囲んだ「北」の文字の部分も世人一般に対し自他商品甄別の標識としての役割を果しており、従つてこの部分が特別顕著性を具備していないものとすべきではない。

五、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告の請求原因一の事実を認める。

本願商標の円形輪廓内に「北」の文字を書いてある部分はありふれた「北」の氏姓を単なる円形輪廓で囲んだ一種の印鑑に相当し、分離しては自他商品を甄別する標識たるべき特別顕著性を具備していないことは取引界の実験則に照して明らかであるに拘らず、この部分につき権利不要求の申出がないばかりでなく、本願商標がその指定商品に関して取引者及び需要者間で広く認識されているものということができないから、結局本願商標は商標法第二条第二項に違反し、その登録は拒否されるべきである。

と述べた。(立証省略)

理由

原告の請求原因一の事実は被告の認めるところであり、同二及び三の事実は被告において明らかに争わないからその通り自白したものとみなす。

本願商標中円形輪廓で「北」の字を囲んだ部分はその下方の他の部分が原告の商号を表わしたものであることに照らし、右商標全体として見るときは、その要部をなすものと解されるところ、右「北」の文字がありふれた氏姓に該当することは当裁判所に顕著なところであり、又これを囲む円形輪廓も別段特異なものであることを認めるに足る資料がないから、右の「北」を円形輪廓で囲んだ部分は自他商品甄別の標識たるに必要な特別顕著性がなく、従つてこの部分単独では登録を許されないものと解さなければならない。この点に関し原告は甲第二及び第三号証の各一乃至六、第四号証、第五号証の一、二によつて、円形輪廓内に「北」「東」「南」「西」の漢字を現わした商標が登録されていることをもつて、本願における〈北〉の部分も特別顕著性があるとの主張の根拠としているけれども、或る標章を登録するか否かは、指定商居の種類によつても結論を異にし、また出願時或いは登録時の社会事情その他諸般の事情を考え、これらとの関係のもとにおいて、考慮すべき事項に関するから、既登録例があるからといつて、事案を異にする本願についても直ちに同一結論に達しなければならぬとはいえない。而して原告はこの部分が分離して取り扱われること又はその恐れは絶無である旨主張し、証人渡辺杉治郎はこの主張に副う趣旨の供述をしているけれども、成立に争のない甲第二号証の一、二によれば、原告は〈北〉なる商標につき、本願商標の指定商品の一部なる応告用電灯、灯蓋、灯笠等に類似の商品たる第六十三類灯器及びその各部その他を指定商品として登録第四五三六五九号及び第六十六類図画写真及び印刷物類を指定商品として登録第四三四八八八号の各商標登録を受けている事実が認められ、この事実に徴すれば、右渡辺杉治郎の証言はたやすく信用し難く、むしろ原告において前記円形輪廓で「北」の文字を囲んだ部分を分離して使用する恐れがあるものと認めざるを得ない。

然らば本願商標中の右部分は商標法第二条第二項にいわゆる要部と認められる恐れのある部分に該当し、しかも分離しては特別顕著性のないものであるから、この部分につき権利不要求の申出がない以上、本願商標の登録は許すべからざるものであり、審決が以上と同旨の見解の下に本件商標登録出願を排斥したのは相当であつて、原告の請求は理由のないものであるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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